投稿者: SIGEN

「新しい生活様式」が始まり、ローカルバンドマンが選んだスタイルは、戦前ブルースマンと呼ばれる人達の様式美。およそ100年前に確立された音楽は、現在の状況さえも癒してくれるのではと研究中。

Jesus, Etc. / Wilco

 今年も残すところ数日となり、何かと忙しく騒がしい日々を過ごしている。こんな時期はとにかく段取り良く立ち回らないと、仕事以外にもやりたい事を抱えている僕などはやっていけない。どうやってみても40代までのような無理は効かなくなってしまっている。だから最近は曲を覚えたり練習したりするのも細切れにして作業中である。今日はAメロの歌詞だけを覚えようとか、サビに行く前のギターのオブリだけを考えようとかして、少しづつパーツを増やしながら動画の方を完成させている。ま、大変と言えばそうなのだが、それでも形が見えてくると楽しくなってくるのは、まだ小さかった頃の息子達と一緒にLEGOを組み立てていた頃と変わっていないようだ。

 さて、こうして飽きもせずに今年最後の動画を作っているのだが、12本目に選んだ曲はウィルコの「Jesus, Etc.」となった。実はこの曲、出会ったのはノラ・ジョーンズのカバーの方が先で、オリジナルの方は後追いということになる。ノラはジャズ・スタンダードやカントリーなどの古典的な曲も多く歌っているのだが、そのアメリカ音楽を継承しつつも、現代的な実験を繰り返しているこのバンドの曲を取り上げたと言うことに、感慨深いものを感じてしまう。

 それにしても「Jesus, Etc.」は、なんて素敵なラブソングなのだろう。恋人の不安をどうにか和らげてあげようとしている男の背中を思い浮かべてしまう。この主人公の男は、「泣かないで、ぼくを頼ってくれ」と言った後で「僕たちは衛星のような関係」だと歌っている。どんなに悲しい出来事があっても2人の距離は変わらないのだと言いたげだ。たぶん、涙で揺れて見えた高層ビルの前で2人は抱き合っていたのかもしれない。しかしながら、”911のテロ”以来、この歌は、”Tall building shake(揺れる高層ビル)”や、”skyscrapers(スクラップになった高層ビル)”といった印象的な単語が独自の意味を持ってしまった。さらにこの曲が収められたアルバム「Yankee Hotel Foxtrot」のジャケットが”ツインタワー”を連想させることからも、曲が勝手に1人歩きしていくこととなる。実はこのアルバムがリリースされたのは、2002年。それでも当初のリリース予定日は2001年の9月11日だったらしい。

 やれやれ、つまり曲を描いたジェイ・ベネットとジェフ・トゥイーディの2人は未来を予言していたとも言える。過去にも色々な分野のアーティストの作品が未来を言い当てていることがあったと思うのだが、こういった現象は神や悪魔と呼ばれるような誰かに創造させられているのだろうか。

 さてさて、未だにコロナも終息せず、ウクライナでの紛争も続いている。子供達と一緒に作ったLEGOならば簡単に再構築ができたけれど、こういった複雑な問題はそう容易く再構築できそうにない。人間は偉大でもあるが、愚かでもある。いったい来年はどうなるのだろう。心配はこうして尽きないのだが、せめて自分の内側だけは平和でいる努力を続けていこうと思っている。と言うわけで、来年もよろしくお願いいたします。

厨房男子音楽【Hallelujah I Love Her So】

 個人的なお料理ブームが相変わらず続いている。肉じゃがも作ってみたし、無水カレーに、ブリ大根なるものまでもこしらえてみた。お味噌汁だって出し汁をしっかり取って作っているから、毎日の朝ごはんも楽しみになってきた。”いい暮らし”とか、”幸福感”とか言うものは、こう言ったことだったのかもしれないと、50歳の半ばを過ぎて実感してきた。人より抜きん出ること、勝利すること、お金持ちになることなど、それらに向けて努力してきた自分がいたのだが、どうやらその才能は無かったようだ。けれどもそれを理解したことで、新しい生き方を手に入れることが出来た。もうここから先は、負けたらどうしようとか、失敗したらどうしようとかのプレッシャーからは解放されたと言うことなのだ。ただ自分の暮らしを楽しめばいい。なんて素敵な暮らしだろう。

 もっぱらの休日は台所に立ち、作ってみたいメニューを考えながら実際に作り始める。少しだけ贅沢したワインは、調理酒だと言い聞かせ、昼過ぎには少しづついただきながらも、コトコトと煮込み料理が出来上がってくる。それを待っている間にギターを抱え、お気に入りの曲を演奏してみる。途中でつっかえようが気にしない。とにかく自分が楽しめることが最優先だ。こんな心境になってくると、今まで自分が好きになったミュージシャン達の心境も理解し始めてきた。きっと彼らも演奏を心から楽しんでいたに違いないのだ。その中でもカントリー・ミュージシャンは、その傾向が特に強いのではないだろうか?とにかく皆んなが楽しそうなのである。

 さて、カントリー音楽といえば、チェット・アトキンスや、マール・トラヴィスと、ギターの名手達の名前がどうしても思い浮かんでしまうものだが、忘れてはいけないのがジェリー・リードだ。ジェリーはミュージシャンとしてだけでなく、俳優としても映画などに出演しているからなのか、とにかく上品なユーモアで僕らを喜ばせてくれる。神技のギター・ピッキングに目を奪われがちになるのだが、彼の演奏を見ていると、エンターテイナーとはこういった人のことを言うのだろうと思わずにはいられない。ホントに「うわぁー」と言った歓声と、ため息とが入り混じってしまうのだ。もう表現できない領域である。才能を持ってそれを楽しんでいる人が到達できる境地なのかもしれない。

 さてさて、その才能は無い自分だが、落ち込むことなく進んでいきたいと思う。なぜって、それでも楽しむことは絶対的にできるからだ。それに気がついた今は、本当に毎日が楽しい。だからなんちゃってジェリー・リードだって存分に楽しめているのでした。

2022 ノラ・ジョーンズ 日本ツアー / 仙台公演

 ノラ・ジョーンズの来日公演があることを知ったのは8月に入ったばかりの休日だった。よく利用しているコンビニの駐車場にいつのものように車を停めると、彼女の仙台公演を知らせるポスターが目に入ってきた。自画自賛しているつもりもないけれど、その後のチケットを確保する行動は早かった。すぐさま妻に連絡して一緒に行くかと尋ねている自分がいた。だって、あのノラ・ジョーンズが近くに来てくれるんだもの!そりゃー会いに行くしかないでしょう。

 そうそう、ノラを本当に好きなった瞬間は今でもハッキリと覚えている。それは思春期の真ん中にいた頃の長男と2人でドライブに出かけた時のことだった。その頃の僕はとても疲れていた。いや、自分の人生を嘆いていた時期だったと言う方が正しいのかもしれない。職場でも家庭でも、とにかく全てのことに対してイライラしていた。この文章を書いている途中で思い返してみても、灰色の雲が広がり迫ってくるようで苦しくなってしまう。そんな心模様の中で聴いた音楽がノラ・ジョーンズだったのだ。

「なんか、こういう音楽はいいよね?」「癒されない?」彼女の1stアルバム「Come Away With Me」を車の中で聴きながら、そんな風に僕は息子に尋ねていた。

「ふーん、そうだね…」彼は彼なりに気を遣ってくれていたと思うのだが、それでも優しい眼差しを返してくれたことが嬉しかった。

「こう言うJAZZ?っていいんだな…」JAZZがどのようなものなのかさえ分かっていなかった僕は、こうしてノラ・ジョーンズという特殊なJAZZにハマっていったのだ。

 さてさて、2022年のノラ・ジョーンズの仙台公演だが、当日券も発売されていたりと、客足もまばらなのかと思ってはいたのだが、会場のゼビオ・アリーナはほぼ満杯だったと思う。客層はひとりで見に来ているらしい30代から40代の女性客と、ご夫婦のようなカップルが目立ってはいたが、その中に混じって年配の方々も多く見受けられた。皆さんとてもお洒落していて、この日を楽しみにしている様子が伝わってくる。

 オープニング・アクトはロドリゴ・アマランテ。ブラジルはリオデジャネイロ出身のシンガー・ソングライターだ。ノラとは以前に2曲をコラボし配信リリースもしている。この日はギターとピアノでブラジル音楽を堪能させてくれた。予備知識がまったくなく初めて聴いたのだが、好みの曲が数曲あって現在チェック中のアーティストだ。さて、彼のステージが終わり、15分ほどの休憩を挟んだ後にいよいよノラが姿を現した。

 オープニング・ソングは「ジャスト・ア・リトル・ビット」だ。会場の照明が落ちると、バンドのメンバー3人がステージに登場し、イントロが流れ出すとノラがステージに現れた。彼女は中央に置かれたスタンドマイクの前で両手を高く上げると、そのまま揺らしながら歌い始めた。ピアノを弾かずに立って歌うノラは幻想的で美しく、そしてたくましくさえ感じた。彼女特有の可愛らしさは残っているのだが、力強さもみなぎっているようだ。パンデミック以降はライブどころかセッションもままならないでいたと言っていたから、それらを乗り越えてステージに立てる喜びを表現してくれたのかもしれない。

 この日のセットリストはこれまでのノラの歴史を辿るかのように多くのアルバムから満遍なく披露されていたようだが、デビュー作「COME AWAY WITH ME」の20周年盤のリリースに合わせて、このアルバからは多くの曲を披露してくれた。そしてそれらの全てに新しいアレンジが施されているのがスリリングだった。歌い回しにしてもどんな風に歌ってくれるのかと最後までドキドキさせてくれる。それでも終わってみれば幸福感という余韻に浸れるのだからお見事という拍手が会場を包んでいく。何度も聞いていきた「Don’t Know Why」も本編の最後で聞くことができた。とりわけ大きな拍手で迎えられたこの曲は、いつもよりゆっくりな歌い出しから始まり、絶妙なノラのタメが僕たちを魅了した。本当に素敵なコンサートだった。

 日本ツアーの前に行われたアメリカ・ツアーの様子などを見てみると、観客の声援も大きくて既にコロナは昔の出来事のように感じさせられる。しかし、日本では未だに規制もあったり、ひとりひとりが抑制をしているので歓声などは少なかった。ただ、盛り上がっていなかったわけでないとノラや演奏してくれたメンバーに伝えたい。あそこの会場にいた誰もが心の中で「ありがとう」を連発していたと思うから。そうそう、ノラの日本語「アリガトウ」はものすごく上手だった。そこも嬉しかったな。ノラ・ジョーンズ、素敵な女性でした。